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和歌山地方裁判所 昭和41年(わ)124号 判決 1966年6月27日

主文

被告人を懲役五年以上八年以下に処する。

未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

押収してある手製あいくち一振(昭和四一年押第三七号の一)を没収する。

本件公訴事実のうち銃砲刀剣類所持等取締法違反の点については被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は二〇歳に満たない少年であるが、昭和四一年三月一七日午後一〇時五〇分ごろ、和歌山市友田町五丁目一五番地釣堀店「びわこ」(陸世清、山崎義郎共同経営)内において、友人の○○○外二名とともに水槽内の魚類を見物中、傍らで魚釣りを始めた一見やくざ風の△△△(当一九年)に対し「あんたやくざかえ」と尋ね、同人が「いやかたぎや」と答えたのに対して、なおも「お前どこの者な」等と執拗に尋ねたことから口論となり、同人から手拳で脇腹を突かれ、さらに同人が自ら「表へ出よ」と言って着用していた背広上衣を脱ぎ、店外に出て行こうとする強気な態度を示したことに憤慨するとともに、右のような態度からみて同人が刃物を所持しているかもしれないと即断し、このうえは機先を制するため、同人の死の結果を生ずることがあってもやむを得ないものと決意し、傍らにいた右○○から刃渡り一七センチメートルの手製あいくちを借り受けるや、いきなり同店入口付近にいた右△△の右大腿部および左上腕部を各一回突き刺し、よって同人に対し右大腿部および左上腕部刺創を負わせ、右各刺創にもとずく失血のため同日午後一一時四〇分同市北の新地裏田町三番地尾崎整形外科病院において同人を死亡させたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内と被告人の自首した情状を考慮し少年法五二条一項により被告人を懲役五年以上八年以下に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数のうち四〇日を右の刑に算入することとし、押収してある手製あいくち(昭和四一年押第三七号の一)は判示犯行の供用物件で何人の所有をも許さないものであるから同法一九条一項二号、二項によりこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中、第二(銃砲刀剣類所持等取締法違反)の事実は、「被告人は昭和四一年三月一七日午後一〇時五〇分ごろ、和歌山市友田町五丁目一五番地釣堀びわこにおいて、法定の除外事由がないのに、刃渡り一七センチメートルのあいくち一振を所持していたものである。」というのである。

よって審理するに、もともと銃砲刀剣類所持等取締法は、銃砲等の兇器を自己の支配しうべき状態におくことが、それによって右兇器が殺人、傷害、脅迫等に使用され、一般人に危害を加えるに至る抽象的危険性に着目し、その所持そのものを取締るものであるから、同法にいう所持とは当然一定時間持続することを意味するものであって、極く短時間その場において握持したにすぎないようなときはこれにあたらないものと解すべきところ、本件においては、被告人の当公判廷における供述、≪中略≫および押収してある手製あいくち一振(昭和四一年押第三七号の一)等の証拠を綜合してみると、被告人が右日時場所において右刃物を所持していたけれども、右所持は被告人がびわこ店内入口付近で被害者と争い、とっさに○○○からうけとるや直ちに被害者を刺し逃げる被害者の後を追って同店前の歩道に出た際傍らにいた鶴野和雄からとりあげられるまでの間、時間にしてせいぜい僅か二、三分間、距離にして僅か五メートル程度移動しているにすぎないことが認められるのであって、前記法律の趣旨からいって、かかる短時間の、また場所的移動のほとんどない所持は、同法において取締るべき「所持」にはあたらないと解するを相当とする。

仮に、本件のような所持についても同法にいう所持にあたると解した場合でも、同法の前記立法趣旨からいって、これら兇器を使用して殺人等の具体的な法益侵害の結果発生に至った場合にはその兇器の所持がその侵害犯の実行々為に完全に包摂される限りその侵害犯をもって処罰すれば足り、これと別個に抽象的危険についても処罰する理由はないものと解するところ、本件においては前記各証拠によれば、被告人は殺人の実行に至るまで右刃物を継続して所持していたものではなく、前記認定のとおり、被害者と争い、同人を刺す決意をして、とっさに○○○からこれをうけとって直ちに被害者を刺し、その後一、二分の間、そのまま所持をつづけていたもので、その所持は、殺人の実行々為としての刃物の所持(および実行々為終了後、新たな不法所持の意思なくして継続した所持)以外に出ないことが認められるのであって、結局本件においては同法違反罪は成立しないものと考える。

以上のとおり、いずれにしても右同法違反の罪は成立しないから、刑事訴訟法三三六条により、この点について被告人に無罪の言渡をする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 五味逸郎 裁判官 沢田脩 安倍晴彦)

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